先生、「カツ丼」が食べたいんですけど、「そ、それは、無理、ですよ」と、口元に笑みを浮かべながら、先生は言葉を並べ、聞き流すように無心にカルテを書いていた。私も、ちょっと無理だろうなと思ってはいたものの、「小さなカツ1枚ぐらいならいいですよ、その体で食べられるなら」とか、「手術が終わって20日も経てば、大丈夫ですよ」とか、何か「先生の愛を感じる患者への慰め」を期待していたのである。1週間ぐらい、お腹が痛くて食事が出来なくなると、食欲と大脳の幻覚のような駆け引きが露骨に見えてくる。大脳は今まで食べた物の中から、僅かでも美味しかったと記憶に蓄積されたものを、次から次へと呼び出して、すっかり忘れていたことも、鮮明に再現する。きっと、何かを食べさせて食欲をなだめようとしているのである。
この時は、腹膜炎で緊急手術患者として紹介され、大学病院の外来を訪れたときの話で、無性に「ヒレカツ丼」しかも、「神田の松栄亭(神田シリーズ未公開)」のが食べたかったのである。このまさに「筋金入りの食意地」といってよいほど、生きるか死ぬかの時に、もし、食べれば、すぐに吐き出してしまう状況だったにせよ、目先の食欲だけは、旺盛に活動していたのである。ただ、腹部の方は病名どおり内部が化膿して全体がひどく腫れ上がっていた。
しかし、あんなに食べたいと思っていた松栄亭のヒレカツ丼も、手術が終わると、すっかり思い出すことも無く記憶から消滅していた。そして、今この銀座梅林のカツ丼の具を食べながら、ふと、7年も昔の手術前の状況を思い出したと言うわけである。我々は、時々食べたい物を標的のようにロックオンしてしまう事がある。前の日から明日のお昼はビーフカツを食べたいと考えていたとする。それは、時間と共に体の隅々までも、そのイメージしたビーフカツを受け入れようとして、あたかも潜水艦の艦長の指令のように、次から次へと「明日のお昼はビーフカツ」という指令が体内を駆け巡るのである。そして、いかなる誘惑的攻撃を受けようとも、「明日のお昼はビーフカツ」は死守されるのである。ところが、待ちに待って出かけてみたら、そのお店がお休みだった。その時の落胆度は極限に達し、それ以外の何を食べようとしても、それ以上に大きなイベントなり、インパクトが無い限りロックオンを解除できないのである。
最近は、そんな、ちょっとだけお安くて美味しいお店が、あの価格で提供できなくなったのか、客足そのものが向かなくなったのであろうか、わざわざ電車で来たのに、シャッターが下りているケースが増えた。そこで、そんなこだわりのある食材は、冷凍でも何でも計画的に準備しておくと良い。そうすれば、いえ、そう単純ではないが、いつでも冷凍庫から出して食べればよいという精神的なゆとりが、むやみにロックオン・ボタンを操作してしまうことも無いのである。今日は、梅林のカツ丼の具を準備してみた。これも小ぶりで一寸戴くには便利で、お味は「ちと甘い」かもしれないが、添える物に工夫をすることで、なかなか美味しくいただける。
これで目先の欲求は解消できるとは思うが、たっぷりと味わいたければお店へ出かけるなり、自作するなりして欲しい。
ではこちら
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