2011/05/14

江ノ電サブレ

 御頭(おかしら)が窮地に立たされた時に、何処にいようと馳せ参じ、一命をかけて御頭を守ろうとする動機や心意気を表す時に、使われる言葉が「いざ!鎌倉」である。そこには、戦乱の世を生き抜く、御頭と家来の信頼関係があったに違いない。その昔は、親兄弟よりも御頭に対する忠誠を尽くすことが重要だったのである。もはや現代では、想像すらできない事情なのかもしれないが、その末代の子孫達はDNAにその事情が刷り込まれていて、時折、漠然と思い出したように鎌倉を目指すのである。そして、何年かに一度はその場所を尋ね、何も変わっていないことに安堵しながら、前回来た時の事を思い出して、時の流れを実感するのである。・・・・・と、江ノ電の車窓に初夏の風を受けながら、いつものように屁理屈をつけては、自分を納得させているのである。

 江ノ電とは、藤沢から江ノ島を経て鎌倉まで走る単線の電車である。藤沢駅から300型車両に腰掛け、走り出すと、車窓からむわっとした空気が流れ込んできた。これも季節感のある風景の1つである。そして、鵠沼を過ぎるあたりからは何処からともなく磯の薫りが流れて、まったく何年も前のことを鮮明に思い出す条件が揃うのである。変わらない事が、これほどまでに感動的で、胸を締め付けるような、複雑な気持ちにさせるのだろうか。つい、「のりおりくん」を握る手が汗ばんでいた。走馬灯のように古い記憶が頭の中を駆け巡り、恥ずかしいようなことまで思い出してしまい、明日からは、もっと謙虚に生きて行こうと反省したりするのである。

 海岸線に出ると、日差しが海面に当たりきらきらと輝き、自然にサザンのメロディーが頭をよぎり始めるが、壊れかけたレコードのように同じ旋律を何度も繰り返す。そして、線路の先は陽炎のようにゆるんでいた。住宅地にはいると、車輪がレールを擦る音を周囲の建物が反射して響かせ、縫うようにスピード上げて走リ抜ける。カン、カン、カンと遠くの踏み切り音が近づいては、遠ざかる。そんな音は何処にでもありそうだが、やはり江ノ電の音だ。そうやって、昔の記憶と一致することに一喜一憂していると、いつもの時間には、いつものように小腹が空いて来る。やはり今日も、自然薯のとろろ蕎麦にしよう。

 電車を降りた途端、魔法から解き放たれたように、我に返る。今まで喜び勇んでいた心が、空っぽになったようで寂しい。何かその気持ちを埋めてくれる物が欲しくなる。そ、そ、そうか、ひょっとしたら、これが、おみあげを求める動機なのかもしれない、そして今の気持ちを誰かに伝えたい衝動に駆られ、記念に何か連れて帰りたくなるのである。駅構内の売店を覗くと、いつから存在しているのかはわからないが、なんとも象徴的で、特徴を掴んでユーモラスに描いてある江ノ電に目が釘付けになった。迷わずその、「江ノ電サブレ」というのを買ってきた。車両の色や車窓の懐かしさを缶のイラストに閉じ込めてあり、いい感じだ。
ではこちら
https://onedrive.live.com/view.aspx?cid=CFBF77DB9040165A&resid=CFBF77DB9040165A%21942&app=WordPdf

補足:のりおりくん:江ノ電の全ての区間で、1日何度でも「のりおり」できる大人580円の乗車券。色々な電車に乗りたい人にもお得な乗車券だが、いつもの駅で降りて、美味しい物を食べたい人にも重宝される。また、のりおりくんで使える10%割引店も紹介されている。
詳細はこちら
http://www.enoden.co.jp/toku_ticket/noriori.html