2011/05/29

オーディオマニア16

 前回は、カセットデッキにまつわる大昔の話をしてしまった。それもあって、テープファンは相変わらずたくさん潜伏していることもわかった。オープン、カセットを問わず、生き残った我等テープ党としては心強い限りである。と思いながら、最近、殆どテープに触っていない自分としては、まるで造反者のような心地なので、再び大昔を振り返り、自分に対する動機づけとして、話を続けることにしたい。

 テープの性能を引き出すには、オープンでもカセットでも3ヘッド方式がよいと書いた。それは、磁気飽和レベルを高くしたい録音ヘッドと、微弱な高周波信号を損失なく拾い上げたい再生ヘッドでは、コア自体の材料もさることながら、コアの先端に使用する材料なども当然変わってくるからに他ならない。かといって、パーマロイのように磨耗が早いのも別の意味で困るし、再生ヘッドなどはテープがスムーズに離れるコア形状も重要と言える。日立製作所のD4500に使われていたコンビネーションヘッドは、低域のうねりが1KHzあたりまで続いていて驚いた。これをコンターエフェクトといい、聴感上はさほどでもないが、周波数特性をみるとぎょっとする。どのようなデッキでも多かれ少なかれ存在するのだが、それを改善し、低域まで周波数特性を綺麗に伸ばすため、ヘッド正面から見るとコアの先端からX上に見えて徐々に接触面積が減っていく構造にしたヘッドもあった。オープンリールでは、ビクターTD-4000SA、ソニーEL-7、TC-8750 などが顕著である。

 アジマス調整的には、録音ヘッドは「絶対的な垂直を保つべき再生ヘッドのアジマス」と平行でなければならない。そこで、録音ヘッドを再生ヘッドに可能な限り近づけ、その間にはテープに触れる物は何も介在しないのがよい。とはいうものの、録音ヘッドの磁束変化が、テープに記録された信号と重なり合って干渉し、高周波のレベル変動となって現れる、など3ヘッドの同時録再機能に支障をきたすほど磁気的に結合してしまうのはよくない。ここが微妙なところである。そして、勿論、走行系も大変重要である。ヘッドにテープが接触するスパンは、テープが余計な振動などをせず、正確に移動する必要がある。そのために、2本のキャプスタンで挟んで外乱をシャットアウトする。これは、サプライ側リールテーブルの摺動やバックテンションのムラを避ける為である。

 そんな、様々な条件を微妙に満足させながら、製造的にも量産に適した商品にしなければならない。また、使い易さとか、保守のし易さとか、様々な要求があるにしても、その時点までの技術を集約して完成したものは、まとまりのよいものになっている。やや、ひいき目になるかもしれないが、前回紹介したソニーのTC-K88は、センダストの先端コアを使った録音・再生ヘッドを搭載し、走行系も1キャプスタンで、お世辞にも精密メカでとはいえず、今日の話とは逆かもしれないが、思い切った不要切捨てと、積み上げた技術に裏打ちされた大胆な工夫が活かされている。加えて、デザイン性を前面に押し出した製品といえる。優れた性能だけがファンの心を引き付けるわけではない。

 今日は、究極のカセットデッキを目指して一切の妥協を許さず、理想を追い求めてきたナカミチの最終的なテープ走行メカニズムを眺めてみることにしたい。この時期のナカミチの商品は、殆ど同じメカニズムを使用しているが、録音ヘッドが再生ヘッドに近づき、カセット中央の窓に2つとも挿入される。TT1000やTT700の録音ヘッドが挿入された小窓には、消去ヘッドが配置されて、やや従来と異なる走行系へ進化した。これによって、テープ毎の録音アジマス調整をなくしているが、ヘッドの調整メカニズムは更に精巧を極め、より複雑で多機能になり再生ヘッドのアジマスまで自由に動かせるようになっている。1度でも再生ヘッド・アジマスを動かすことは、再生ヘッドの調整用テストテープが必要になり、迷いの元を作ることになるのでお勧めできない。しかし、初期のミュージックテープ等は各社アジマスがまちまちであった為、それらを再生するためには必須機能となる。

 今日のPDF写真は、3ヘッド2キャプスタンのナカミチCR-40に、アルミダイキャストフレームのTDKカセットテープを装着して、各ヘッドの位置を確認されたい。テープ走行中は、カセット・テープのパッドを持ち上げるリフターでハーフパッドの摺動から逃げている。これも素晴らしい工夫といえる。
ではこちら
https://onedrive.live.com/view.aspx?cid=CFBF77DB9040165A&resid=CFBF77DB9040165A%21953&app=WordPdf

補足1:磁気飽和を高くする→保持力の高いクロームやメタルテープの性能を引き出すには、ヘッドの磁気飽和の高い材料を使う必要がある。また、コアの先端は特に磁気飽和が早いので、より磁気飽和の高い材料をコア先端に合体させることもある。
補足2:高周波信号変化を損失なく拾い上げたい→再生ヘッドの高い周波数成分であるギャップ損失、コア損失を減らす為に、ギャップを狭くする、大きめのフェライト・コアを使用するなどの工夫が必要である。
補足3:摺動→擦ること。どこかでテープが擦りながら走行すると、ワウ・フラッタ成分を周波数分析すると80Hzあたりで山のようになって現れる。これは摺動雑音の影響とされる。テープ走行系で擦る構造の物は、絶対によい結果を招かない。
補足4:テストテープ→生産されるデッキが、自社の基準に合うように用意された走行系、電気系、などを調整する為の記録済みテープのこと。調整方法が同じで、このテストテープが全世界で共通だと、それによって調整されたデッキで録音されたテープは、ほぼ全世界で互換性がある筈である。しかし現実は、製造者の数だけテストテープが存在した。