こんなに「涼しげな葉書」を送ってくれるのは、きっと気の効いた奴に違いない。うーむ、そうか「とは思わない」かもしれないが、私にとって、この葉書の意味は、思い出深い話に尽きるのである。フイルムの写真を見て懐かしく感じる時は、その場所でシャッターを切った瞬間の事でしかない。しかし、このような作画された絵では、ある時間と空間の幅を包括して、いくつかの「懐かしさに迫る強み」を備えている。このように、写真では得られない、「そこはかとなく記憶の連鎖が始まると言うか、沸き上がるような懐かしさに包まれる心地」は、そこに忘れかけていた想いと、この絵を残してくれた水木先生との織りなす偶然でしかないが、調布市民として40年ほど生きて来た特権なのである。
おおよそ35~40年前の冬の調布駅はまさにこういった感じであった。特急電車は確か4両編成で、車両を左右に揺らしながら、それでも時速120kmで走行していたのである。新宿→調布は、今と同じ15分程度で走り抜けている。田舎育ちの私には、車窓を流れる風景の早さに都会の風を感じ、特急に乗る度にそのスピード感にワクワクしていた記憶がある。その記憶が時間と共に大脳に定着して、今もこの京王線に頼って生きているのである。さて、葉書を送ってくれている彼とは、この絵にあるような調布駅を丁度鬼太郎が歩きだそうとしているあたりで、夕方長い間立ち話をしたことがある。それを思い出して、これを送ってくれたのだろう。ここには描かれていないが、昔の調布駅にはあらゆるところに、懐かしさが潜んでいた。
彼は、布田駅の近くに下宿していたので、遊びに行った帰りは、わざわざ調布駅まで送ってくれた。その2枚目の絵の二人の姿は、ちょっと不気味」だが、まさにこんな感じに見えたのかもしれない。当時私は、横浜のおじさんの家に下宿し、かつて父が勉強した机とか、他にも父が愛用していたものを使って勉強させられていた。それは、まるで青春時代の父と机を並べて勉強するような錯覚さえ覚えたのである。時折、帰りが遅くなると、おばさんは、食事の準備をしながら「彼女でも出来たの?お父様は、おもてになったわよ」と、よく誘い水を差された。そんなことを彼と話しながら、線路わきを足早に歩いたことを思い出す。明日また教室で逢うのに、何となく別れを惜しんでいた。
布田駅から北へ三鷹通りを上がっていくと、深大寺へは最も近道である。深大寺の三門の前には、蕎麦屋がある。ま、深大寺の近くには、蕎麦屋はいたるところにあるのだが、この3番目の山門の絵は、深大寺の正面の象徴的なもので、まさにそこに立ち、右を向くと「門前そばのお店」である。門前そばのお品書きには「粗碾そば」というのがあって、めっぽう歯ごたえがある。お昼過ぎには、既に売り切れてしまうことも多く、早めに行って注文するに限るが、それは、松本清張の「砂の器」と深い関係があるので、能書きを読みながら1度は口にしてもらいたい蕎麦である。それにしても、やはり当時も、深大寺まで来ると、2人とも何か「買い食い」をせずにはいられなかった記憶がある。歳を重ねた今でもそうかもしれない。
次の除夜の鐘の絵では、門前そばの幟が描かれているので、それを軸とすれば、初詣を終えて山門から東方面へぬける道並みが描かれていると思われる。丁度門前そばの幟の向こうでは蕎麦饅頭を蒸かした熱々が戴ける。本来ならば、いつも蒸し器から蒸気があがり、人だかりも多く「うまそう」な雰囲気が写し出されるはずだが、それを盛り込むと妖怪風の怖さが失われるのである。行列の続く情景は、その場の怖さを伴う側面をよく再現してあり、ここはいつも人であふれ返っている。だから、31日~3日までは、混みあうので初詣には行かないことにしている。
そんな思い出深い、たわいもない昔話になってしまったが、時たま、彼は深大寺の鬼太郎茶屋にでも寄るのであろうか。この葉書はそこでも見かけた。このたった数枚の葉書からも気持ちがよく伝わり、当時を昨日のように素直に思い出すことが出来る。絵の下に、数行に渡り報告の様な、挨拶文が書かれていて、それを見るのはやっぱり嬉しい。そして、人の気持ちを慮れる奴はそれなりに出世して偉くなっていくのだと、感心するし、P.S.には、意気込みが書かれていた。「ええっ、まだ勉強するのかよ~」って、呆れてしまったが、親友として誇らしい気持ちにもなれるのである。
ではこちら
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補足1:鬼太郎茶屋(再掲)はこちら夜景
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補足2:門前そば(再掲)はこちら
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補足3:除夜の鐘の絵の左側から覘くとこのような店が並ぶ。(再掲)
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