2012/11/23

ディスカバリー7

   人の記憶は、新たな記憶を追加してしまうと、古い記憶と新たな記憶を分離して管理することが難しい。簡単な例を挙げると、たとえば、今、作文を書いているとする。書きたいことから始める人もいれば、起承転結を考えて書く人、あるいは、構成を階層化して文章を設計して書く人など、様々だけれど、途中で「表現方法や言い回しを変更したい」と思って書きな直すこともある。この書き直した後に、いや、待てよ、よく読むと論理矛盾が発生してしまったとか、音の流れが前の方がスムーズだった、等の理由で、元へ戻そうとしても、まったく同じに元の状態へ戻せないことが多い。・・・・・そんなことは、海馬が破壊されつつある私だけの症状なのだろうか。

 もっと、切実な事もあった。たとえば古い記憶の中に、母方の田舎の「美しい風景の故郷」があった。おばあちゃんと一緒に西瓜を収穫したとか、桃の木の下のクワガタを採ったとか、鶏が放し飼いになっていたとか、様々に楽しい記憶と一緒になっていたが、30年後にそこへ寄ってみると、そこには、もう祖母もいないし、赤ん坊だった娘がおばはんの様になっていたりして、にわかに自分の古い記憶が遠ざかっていることに気づく。昔の何でも良い!面影が幾つか残っているのではないかと、様々に探すのだが、ほんのわずかしかそれを見出すことが出来ず、記憶が途切れ途切れになってしまいそうだった。そこで残念な面持ちで誰かに尋ねてみたくなる。ここには、「鯉のぎょうさんおった池がなかったかいね」・・・なんて。首をかしげながら「ふーん、そうかいね」と言う返事で終わってしまう。

 そして、東京へ戻ってきてから思い返すと、その「新たな風景」が古い楽しかった記憶に追加してしまい、つい最近まで「美しい風景の故郷」と思っていた風景そのものを、呼び出せなくなっていることに気付くのである。それらの記憶は、古い風景と新たな風景が交錯して、はっきり時代考証できなくなることもある。だから、懐かしいからといって「むやみに昔のその場に訪れてはならない」。できれば、1度も「美しい風景の故郷」へ訪れたりせず、その「記憶を大切」に思い出して哀愁に浸った方がよい。このように、記憶と言うのは、繰り返し思い出すことで鮮明に記憶に焼きつけることが出来るが、いとも簡単に破壊することも出来るのである。大切な思い出は、「想像力をたくましくして、今を直視しない方がよい」のである。

  文章を書くという論理的な思考でも、風景と言う画像認識でさえも、大脳は、どこか同じような振る舞いをしてしまう怖さを実感しているのである。


 幼いころから父の仕事の関係で、中国四国を転々としているので、時折、昔懐かしい場所に行ってみたくなることがある。実は、かつて何度かそんな場所を訪れてみたのだが、案の定、後々記憶の順序が新旧入り乱れて目茶苦茶になってしまったのである。そもそも、こんな話になったのも、先週、弟から、懐かしい写真が載っている本を見付けたといって、上の写真の本が送られてきた。琴平電鉄の車両がたくさん掲載されていて、そこに映しだされた背景や電車の姿を見て、色々昔を思い出したのだろう、私に、一緒に四国高松まで行かないかとの誘いであった。でも、経験上「行かないほうがよい」と説得しようと思っている。こればかりは、経験をしてみないと分からないのかもしれない。

  という事で、本の中に掲載されている「懐かしい写真」は残念ながら紹介できないので、私がかつて訪れた時に撮影した「高松築港と琴平電鉄の車両」の写真で、その代わりの記憶として保管しておきたい。
ではこちら
https://onedrive.live.com/view.aspx?cid=CFBF77DB9040165A&resid=CFBF77DB9040165A%211205&app=WordPdf

補足1:琴電は今でも撮影できるが、連絡船は、瀬戸大橋が出来て以降、その使命を終えている。
このブログでも、よく昔の話を紹介するのに宇高連絡船と書いているのは、この船の事。甲板には、美味しい「うどん屋」があって楽しかった。

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