懐かしい喫茶店に入ると、そこは、昔のままだった。
ここだけ、時間がゆっくりと流れている。遠くから「お好きなところへどうぞ」と声をかけられ、入口の近くに腰を下ろした。入口からそそぐ日の光は紛れもなく2008年のはずだが、室内は当時のままの面影を残している。つい、心地よい、その時間の流れに身をまかせようとする。いやいや、とりあえず珈琲が出てくるまでは、その心地よさに浸っていたい。いつの頃のことか、雲をつかむような断片だけがよみがえってくる、そして徐々にその時代に引き込まれてゆく。
トントン、「おい、開けてくれ」としゃがれた声が聞こえて、それは、いつもとは違うが、確かに彼の声だ。アンプのボリュームを落とし、ドアを開けると、そこには、襟から袖まで血で染った彼が、青白い顔をして倒れ込もうとしていた。「おい、どうしたんだ、早く入れ」と石油の煤が臭う部屋へ抱えこんだ。彼は床にしゃがみこみ、丸く横になった。私は、状況が全く分からず立ちすくんでしまった。学校では、まじめにノートをとりながら真剣に授業を受ける男で、毎日毎日が実直そのものだった。まるで、戦前の学生をそのまま絵にしたような、まじめな、お前が何でこんな目にあわなきゃいけないんだ。訳を知りたいが、「まさか」と思う気持ちと、半ば激怒しなければならない立場の自分が、口調を荒げて言葉を投げかける「誰にやられたんだ」。少し沈黙が続き彼は、「機動隊にやられた、やつらは鉄パイプを振りまわして、無差別に攻撃してきたんだ。俺はデモに参加しただけだ。」と体を動かすこともなく口を開いた。
そんな事は、当時は既に遠い昔の話(3年前)だと思っていたので、少しためらったが、タオルを絞りながら「もう、馬鹿なことはやめろ」と口を荒げてしまった。やるせない気分のまま、再びやかんをガス台にのせ、丸く横たわった彼を見ながら、静寂が暫く続いていた。なんて言葉をかければ、分かり合える会話になるのか自分では予想もできなかったのだ。自己主義の自分と、恐らく犠牲的精神を持った彼との間には、大きな隔たりがありそうだった。残念なことに自分は、「友人として、学友としての彼」を思いやる立場でしかなかったのだ。
たとえ、即席珈琲でも冷えた体を暖め、時間がたつと平常心に戻り、「友人に迷惑をかけた」という気持ちが湧き上がったのか、いつもと違う情けない彼をのぞかせた。首と体がねじれたまま話し始めた彼の、信念にも似た「このままじゃ、日本は駄目になるんだ、分かってくれ、今の俺に出来る事をしたかったんだ」という言葉がいつまでも印象に残っている。今でも、その時の情景を度々思いだし、息苦しくなることがある。35年前の話なのに、昨日のことのようだ。
と、深呼吸をしていると「お待ちどうさま」と珈琲が届き、カップがテーブルに置かれ「コッン」と言う音で我に返る。未だ半分も過去から抜け出せないまま、 首と体をねじりながら、ああ、こんな感じだ。今、思い出した事を忘れないように、ここで写真を撮っておこう。「お姉さん、こっち向きで写真とってもいい?」と声をかけながら入口を指差す。「どうぞー」と帰りながら部屋の隅々まで響くように了解してくれた。彼の考えていた事のほんの僅かかもしれないが、今の自分なら「理解できる」と思いながら、同じようにミルクと砂糖を入れた。
今日は、その午後2時過ぎの室内の1フレームを紹介する。PDFの容量が大きいので、このシリーズはこちら。 (初めての方は、続デジタルカメラ3の本文を参照のこと)
https://onedrive.live.com/view.aspx?cid=0FF68288DD53524E&resid=FF68288DD53524E%21715&app=WordPdf