秋も深まり、肌寒く感じる頃は「早く家へ帰らなきゃ叱られる」という観念が僕を今でも足早にする。まだ5時過ぎなのに、もう真っ暗で玄関の明かりがボーッと燈り、たった4段しかない石段も補助車付きの自転車を上げるのに苦戦する。「ただいまー」と引き戸を開くと、いつものチリチリンと音がし、真っ暗の中から、魚の煮付けといりこだしの混ざり合ったような、様々な匂いが台所の方から押し寄せてくる。台所まで行くと大島の着物に割烹着姿の母が、「どこへいっとたんね、くろうなる前に帰ってきんさいや」と、鍋に箸を突っ込んでガスを調節しながら、きつい口調で小言を言う。ばあちゃんは、早々とコタツを作って入っている。そのテーブルとばあちゃんの間に割り込んではいると、暖かいのである。会話は、決まってテレビ番組だ「今日は、てなもんや三度笠じゃけぇ」と言いながらチャンネルを回す。画面の前には、それを拡大する大きなレンズが付いていて少々邪魔だった。
大人になると、そんな昔の事を思い出すこともない。毎日、厳しい現実だけが待っている。歳を重ねるたびに、課題の難度が増してゆく。古くからのこだわりや愛着、あるいは「学びたかった事」への執着、等を清算できないまま時間だけが過ぎてきた。もちろん今は、常に能力以上の仕事をこなして疲れているのだ。それでも、会社の仕事が一番大切だから、これを何とか乗り切ろうと自分に言い聞かせ、冷たい風にさらされながら帰路に着く。そんなビジネスマンも多いことだろう。
しかし、途中で、こんな情景に遭遇したら、きっと、何か遠いところから声をかけられたような気になる筈だ。店全体を見回し、何屋さんなんだろう、と不思議に思い、ちょっと行き過ぎては、また戻る。どこか懐かしく、楽しかった時代に引き巻戻されていきそうだ。「これは、結構古いぞ」しげしげと壁に貼られたポスターを覗き込み、なんでも鑑定団になったような、うれしさが湧き上がってくる。やや興奮気味の中にも、ところで、「七輪」って今の人にわかるのかなあ、と自分を現実に引き戻そうとする。漸くすると状況が見えてきた。残念だが僕には食べられない。しかし、この店の気概と心意気を感じる。その雰囲気だけで、なんとなく一寸だけ今の課題から逃れることが出来た。忘れかけていた自分を取り戻し、元気が湧いてくる。
人は、昔の事を思い、少しだけ無邪気になってみるのも良い。そのきっかけを、いつも探そう。とにかく、「元気で頑張ってさえいれば、何とかなる」し、健康でさえいれば、間違った考え方も離れてゆく。人間本来の優れた道徳観と理性を遂行できるのである。もちろん、個人の尊厳を傷つけられる前に自己を防衛できる。欲さえ出さなければ、自由度も増し、より自己の理想にも近づく。毎日が自然体で楽になれば、チャンスは必ずやってくる。それを見逃さないようにしよう。無欲の勝利こそ美しい。
今日の画像比較は、夜景になる。ぜひ、今の緊張を帰りに解きほぐし、本来の活力を呼び戻してほしい。そんな、1フレームを紹介する。(毎日そうしてもチャンスの来ない人もいる)
PDFの容量が大きいので、このシリーズはこちら。(初めての方は、続デジタルカメラ3の本文を参照のこと)
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