2009/09/25

オーディオマニア7


 既に世に送り出されたレコードやCDの、制作プロセスをもう1度点検して改善し、音質を向上させる事を総称してリマスターというらしい。それには、技術的な改善要素、最新の音作りへの移行、あるいは音楽性への配慮なども反映される。最近、Beatles もこのリマスタリングが行われ話題を提供している。「またかよ」と思われるかもしれないが、今回は世界共通音源の全てがリマスタリングされており、ちょっと聴いてみたくなるのは、ファンだけではないと思う。当時のテープレコーダで録音されたものを、デジタル化して、その幅広いダイナミックレンジに上手く当てはめて、現代のCDと同様な印象がもてる録音に作り変える作業は、きっと面倒に違いない。たとえば、小さな弁当箱にぎゅっと詰め込まれた美味しいおかずを、ちょっと大き目の重箱に移し変え「レイアウトをやり直し一層美味しそうに纏め上げる作業」という風に考えられる。もっとも、条件があって美味しい物を少し目立つように底上げすることは可能だが、腐りかけた品は、それしか材料がないわけだから、それに再び火を入れることはあっても、最初から作り直すことは出来ない。もっとも、それには、専門家が担当するわけで、古代壁画の修復のように入念に行う必要があるため、時間のかかる作業になったことは言うまでもない。

 オーディオの世界には、Hi-Fi という言葉がある。「高音から低音まで、ひずみやノイズのない鮮明で味わいのある音質」から「生の印象に近い音質」を抽象的に表現する時に使用される。言葉自体に、ある程度許容範囲があるので、使い方も様々だが、評論家などが安易に使う感覚的な言葉に対して、技術者や研究家から目指すべき「本質的な目標対象」の表現として神聖に扱われてきた経緯もある。アナログからデジタルへ記録方式が変わったときも、「よりHi-Fiに近づいた」という表現がなされる程度で、Hi-Fi=の図式は使われることは無かった。また、音がクリアになったとか、ノイズが少なくなった、音が前に出てきた、音が綺麗になったという程度では、音作りの範疇を越えることは無いし、それをHi-Fiとして包括的に説明するには、やはり不適切である。しかし、意図的な手が加えられず、そこに技術的な背景と理屈が存在し、より優れた音質に変わったとすれば、わずかにHi-Fiに近づいたという言い方がなされる場合もある。一方で、かなり昔は適切な誉め言葉が少なかったせいか、比較的簡単に使われてきた。年配の人たちは、高音が出ているだけでHi-Fiだということもあった。(という私も、案外簡単にHi-Fiという言葉を使う癖があるので気をつけて読んで欲しい。)

 余談はこれくらいにして、つまり、Hi-Fiには、それなりの技術的根拠が必要なのである。現在実証されている根拠を検証しながら、積み上げられた技術的要素をくまなく実現し、そこで、ほんの僅かHi-Fiに近づく事が出来る。とまあ、Hi-Fiというのは、遠くはるか彼方にある「虚像を求める精神と優れた音質を求めるための正しいガイドライン」という風に考えてもよい。オーディオマニアとは、技術的根拠を乱用しながら、それを盲目的に応用しHi-Fiを追い求める姿を指す。

 リマスタリングの作業には、どこか根底にはそのHi-Fiの精神が生かされている。それが、当時に比べて圧倒的な進歩を遂げた「デジタル技術」ということになるのだろう。それらの「技術を使って現代に蘇らせる」と言わしめたのは、それなりに根拠や背景があるからで、一般的に多くのファンは、この取り組みに対して、デジタル技術を使った魔法の機材があって、それを通すとまるで新たな物が生み出されるという認識かもしれない。しかし、そうでも思わないと同じ曲のCDを再び買い揃えるなんて、とても出来た話ではない。我々としては、やはり魔法の箱とそれを使いこなす魔法使いによって作り直されたと思ったほうが精神的にも安心できる。

 一方で、製造者側からみると、このリマスタリング作業の責任はかなり重たいといわざる終えない。既に完成した世界共通の文化遺産に手をつけるようなもので、そこには、最新のデジタル技術を使ったとしても、4chのテープに記録されている音質が改善される根拠は微小である。したがって、ミクスダウン以降のプロセスで、若干の調整を積極的に行いながら、当時の機材では実現し得なかった曲の象徴的な部分や、より強調したかった部分を、あくまでも主観的というか独善的に纏め上げるしかない訳で、下手をすると世界中のファンからクレームが殺到する状況になるかもしれないし、あるいは当時のエンジニアが手をつけた事だから無条件で素直に「素晴らしい」と絶賛されるかもしれない。つまり、デジタルという純技術的な言葉を使おうと、そんな「子供だまし」のような機材を使ったからといって、誰でもが「素晴らしい」といってくれるものになる確信などは、何処にもないのである。

 もっとも、経済的な視点から言えば、「巨大な柳の下には鰌がまだいる」式の発想があるわけだが、少々音質を改善してHi-Fiにしようと何をしようと、本質は変わりはしない。それは、恐らく製造者側も良く分かっていること、いいえ、むしろ我々よりもはるかに理解しているに違いない。

 しかし、もしそこに、追加して映像が保存され、曲を創作する当時の4人の気持ちとして、本人の肉声が聴けたとしたら、ファンとしては大変うれしいプレゼンテーション・ディスクとなるのではないだろうか。その意表を突く作戦には、今回、目を見張る物があるように思える。つまり、1枚2,600円の価値をどのように織り込んでファンの心を引き寄せるか、ちょっとした工夫を大きな付加価値として位置づけたのである。
 ではこちら
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