今年は、秋刀魚の脂の乗りもよく、大漁が予想されている。今からそわそわ楽しみである。秋は、新鮮な野菜や魚貝類を七輪で焼き、少量の醤油で戴くのが良い。旬の食材をそのまま七輪に乗せ、網にきちんとレイアウトして待つ。ちょっと冷たい風に秋を感じ、時折、パチパチと音を聴きながら焼け具合をみる。そこに日常とは違う光景が広がっているのに気づく。そろそろ、ひっくり返して、醤油を注そう。こぼれた醤油は香ばしく薫り、食欲をそそる。焼き上がったら、すぐに口に運ぶという贅沢さは、お酒を戴く人たちにとっても、心の豊かさを象徴する一時といえよう。やはり、この主役は醤油ということになるのだろうか。どのようなお宅にも、2~3種の醤油が存在する。さらに、その醤油を原材料とした希釈用つゆ類が数種あり、醤油関連商品は最低5~6種類は用意されている。刺身には溜まり醤油、煮物には濃い口醤油、うどんや蕎麦には麺つゆと、用途に応じて使いこなすのも楽しみであり、和の食事を根底から支えてきた。
かつて幼い頃を思い出すに、醤油は乾物屋で売られていた。既に瓶詰めも並んでいたが、樽から醤油を一升瓶に分けて販売される光景を思い出す。そのくらい、たくさん量が消費されていたのである。持ち帰った醤油を醤油注しに移し変えると、新しい醤油の薫りが部屋いっぱいに広がる。そう言われてみると、この自然に湧き上がってくる薫りは、やや冷たさを感じるアルコールを含んだ薫りであった。そして、夕刻になると煮物や煮魚にも醤油が大量に使われる。それら様々に醤油を使った料理から湧き上がる薫りが渾然一体となって、台所から広がってくる。今日の煮魚は何かなと想像しながら、胃袋は条件反射で勝手に動き回ったものである。 しかし、ここ数十年、徐々に醤油の国内消費量は減ってきている。食事の欧米化が進む中、高齢化社会に伴い、塩分量を控えるなどが習慣化し、中高年からは、あたかも高血圧の引き金のように敵視されてきたのも事実である。それによって、醤油に含まれる塩分量も下がってきた。一方、欧米では、低カロリーな日本食のブームに伴い、醤油の薫りと旨味が評価され調味料としてのニーズも高まっているそうだ。
そんな折に、この「特殊容器入り醤油」が発売されたのである。どのような理屈でこのような形になったか分らないが、これがあの日本の伝統的な調味料の代表である醤油の新しい形なのかと、しみじみと眺めてしまった。ここまで既成概念を覆す、凄まじい変貌を遂げたと思うのは、私だけではないだろう。まるで、洗濯洗剤の詰め替えパックのような姿である。しかも、これは醤油注しへ詰め替えるためのパックではない。食卓テーブルにそのまま堂々と鎮座する紛れも無く「醤油の入ったスケルトンの醤油注し」なのである。なるほど、技術革新とは突然襲ってくるものらしい。この極めて理論的で、斬新な構造は、食卓のスペースを大きく占めるにしても、これには薫りを逃さない為の構造設計がなされているという。薫りが逃げないということは、台所からあの澱むような懐かしい醤油の匂いがなくなるという事でもある。
通常の醤油注しは、内蔵されている液体を外部に出すとき、内部にはその減った分だけ代わりに空気が入る。それによって内部の醤油が揺れ動き、外気とつながり、徐々に薫りが抜けてゆく、それで揮発も進み濃さも増す。この新しい容器は、二重構造で、内部は極めて薄くて柔らかく戻る力の無い、練り歯磨きチューブのような物をイメージしてもらえばよい。そして、醤油が排出されるときは、醤油自身の重みで出るという感じなのである。しかし、醤油がごろんと横たわっていると、ちょっとした力が醤油を放出させる力になってしまうことも懸念される。そこで、残量に係わらず絶対に正立させることが前提である。そのために外側に強靭なボディーが必要になっている。そしてもっとも重要なのが、注ぎ口の形状である。ちょっとした内部の減圧で空気が入ってくるからだ。完成された容器を触りながら、様々な工夫の跡が見られ、なるほどなと思うのである。それにしても、理屈を実用化するために、形状や材料の試験を繰り返してきた心意気には全く頭が下がる想いである。
我が家では、醤油の中に昆布を裁断したものを入れるため、上から蓋で密閉できる容器で保管してきた。全くといってよいほど、醤油の薫りを楽しむという概念は無かった。むしろ、旨味に力を注ぎ工夫してきた。それが、自家製の昆布醤油という形で実用化しているのである。醤油のお味は、様々で、地域による違いや個人的な好き嫌いもあると思う。伝統的な味を重んじる商品は、何かを変化させるとお客が離れるかもしれないリスクはある。薫りが長持ちするのは、既存の顧客に対するサービス向上という意味合いが強く、それによるシェアの拡大は難しいかもしれない。今、この新たな醤油を眺めながら、薫りを楽しむという発想を再認識したことになる。
使ってみると、確かに薫りは高い感じがする。 塩分というか、しょっぱさは常用醤油に比べてかなり強いようである。興味があれば1度お試し戴くのも良いが、味よりも構造の方が面白い。 それにしても500ml容器とは、少し大きすぎるかもしれない。ではこちら
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