今日は、実篤記念公園に来ている。ここは、うちの近所なので、もう何年もの間、いつでも行けると思って、忘れかけていた場所である。武者小路実篤の詳細は、実篤記念館のホームページがあるのでそちらをご覧戴きたいが、もっぱら私の興味は、実篤が「一人の男として」どのような環境で、晩年の創作活動を過ごしていたのだろうかである。
あの、人生の重箱の隅を穿り返すような、まさに、中高年のためによく整理されたオペレーティングシステムとでも例えればよいのか、あるいは、細部までよく描かれた精神安定剤的文字列とでも言うべきか、その卓越した創作をどのようにして成し得たのであろうか。「残された時間の流れと、自然が蓄えた空間と、より洗練された文章を追求する精神」の3つが見事調和して描かれた人生観は、目標意識とその整合性の結集と言えそうだ。ややもすると評論的人生観と受け取られがちだが、自分自身への啓発メッセージであることを鑑みると、それを生み出した「実篤が存在した空間」を眺めながら、彼の生きた時代に想いを馳せることで、何か僅かでも、自分にも「一人の男として」取り込める手がかりがあるのではないかと、勝手に思い込んだ訳である。それを 「覗いて見たい」という単純な冒険心的欲求を、その実篤の晩年作品と照らし合わせるという理屈を組み立てて、現場に行って観ることにしたのである。
場所は、仙川からつつじヶ丘へ至る急な斜面に位置して、仙川側から入門して下るか、つつじヶ丘側の実篤記念館から入場するかによって大きく印象が異なるが、おおむね上部と下部の2つのステージに分ける事が出来る。その象徴が、上部にある「上の池」、下部にある「下の池」である。いずれも自然を愛する実篤らしく、周囲に目を配りながら客人と話をするのに最適なロケーションになっている。それが、主導的に客人からその真意や思考の本質の引き出しやすさを演出しているものと思われる。きっと実篤は、同じ志向の人種と語り合うことが好きだったに違いない。当時とは、庭園の状況や空気感は違うにしても、何か魂が落ち着きを取り戻し、人が人としての本質を取り戻せるような、心を和らげる武蔵野の面影を残している。
一方で、その創作力は、仙川に降った雨が大地に染み込み、たっぷりとした時間をかけて、湧き出てきた水源とそれを湛えた池、さらにその池の中央にある島に相当する部分に象徴的な部分を見る事が出来る。そこにはあたかも、自然崇拝的とでも言うべき情景が漂っており、実篤自身の「精神性と創造性が巧みに交差する場所」なのだろう。子供の頃の気持ちをそのまま残したとも考えられるが、「回りを水に囲まれた孤立無縁の存在」も好んだようだ。そこには、心の落ち着きとやや自閉的というべきか、自己集中的というか、その精神性に根付くこだわりを感じる構造である。
つまり、この公園自体は、「精神的開放感と閉鎖的孤立感」の両立を実現しているかのように思えたのである。 本来ならば、「上の池」の周囲の写真を撮影して、より本質に迫りたかったわけだが、ここは、実篤に強い興味を持たれた方が、実篤をより深く理解するために、実際に自分の目でご覧になったほうがよいと思える。まさに閉鎖的孤立感を体で感じて欲しいと思う。そういう意味で、今回の取材は、私にとって少し勉強不足を感じたのである。
しかし、その流れは、「下の池」の周囲にも認められ、この場所なら、実篤の精神的開放感を素直に理解できると感じたのである。少なくとも、今までの自分の実篤へのイメージを具体化したらこのような感じかなと思えた場所がある。少し横路にそれるが、小路とか大路とかは、京都の地名に多くあり、武者小路町という場所もある。そんなことから、実篤を京都の人かと勘違いしていた。そして、何とも伝統的風情を感じさせる高貴で贅沢なペンネームを作り上げたものだと思っていた。昨日まで、そう思っていたのである。そんな背景から、「こういう感じの写真が自分のイメージかな」というのが、このPDFの写真であり、自分の上澄み的な認識に対する1つの回答だと思えるのである。 もちろん、この写真にも、「上の池」にもあるような、自然の中に生かされている自分の存在を象徴するように「水に囲まれた場所」が用意されているのである。
今日の感想として、まだまだ自分には、この先晩年を迎えられたとしても、そのような創作意欲や卓越した人生観を受け入れる気持ちには、まだなれないと思ったのである。 実篤記念公園を去るとき、そう感じたことが、妙に自分に安心感を与え、今の社会に生きる活力とでも言うのであろうか、今の社会生活に引き戻されることへの幸福と、自分なりの単純で慎ましい生活に慰めを感じたのである。
だから、これからも先行き度々訪れて庭園を眺め、実篤の日々の心境を知る楽しみとして、この場所を大切にしたいと思うのである。次回は、いつになるか分からないが、是非「上の池」を紹介できるように勉強しておきたい。
ではこちら
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