2010/01/22

神代植物園5

 今の時期は、神代植物園も閑散としている。園内の木々は葉が落ちて丸裸になってしまった。大地には直接太陽が注ぎ、落ち葉を暖めている。その積もった落ち葉の下では、バクテリアがこつこつと葉を分解して、再び木々はそれを養分として蓄え春に備えている。今日もそんな枯葉を踏みしめながら歩く。朝一番で入ると、冷たく硬くなった落ち葉は、それでもサクッ、サクッと生き生きした音を発てる。水溜りに足を取られない様にして路なき直線を進む。今日は、温室のベコニア群を撮影に来た。
 温室に入ると、サングラスが水蒸気を吸着して白濁する。ああっと言う間に全く見えなくなった。これだと、カメラのレンズも曇るに違いない。しばらく進むと、温室の暖かさがどこからともなくじわーと体に伝わってきた。暑いぜ。温室の正面左から入り、ぐるーっと回りながら2階にあるガラス張りのオープンテラスまで行き、そこで上着を脱ぎながら、カメラの為に時間を調整するが、ここは、目の前に広大なバラ園の様子や、温室へ入ってくる人々を眼下に観察する事が出来る。ぼやぼやしていると人影が増えてきた。それでも、今日は1ショット(1/125秒)撮影だけなので、さほど慌てる必要は無い。もし駄目なら、また日を改めればよい。と最初は大らかに構える。上着をたたみ、カメラを右手に持ってベコニア花壇へ向かう。
 ドアが開くとそこには、すでに年配の写真愛好家が接写レンズで花の撮影を始めていた。かなり熟練で、動きに無駄はない。しばらくその入り口(写真では右上)に佇むが、数分もしないうちに、次から次へと人が入ってきた。人の流れは、様々な人間模様を描く。ベコニアに限りなく顔を近づけた思えば、笑顔になり、あちこちで近づいたり離れたり、目には見えない秩序の中で、人はそれぞれ軌跡を残して通り過ぎる。ある人は色彩に驚き、ある人はその数に驚き、ある人はそれを写真に収め、そしてまたある人は、花と同化するために一緒に写り込む。そんな、いつまで経っても終わりそうも無い人の流れに呆然とする。
 このままだと撮影するチャンスは来ない。仕方なく1度家へ帰ることにした。お昼を食べてくつろぎ、3時過ぎに再び出かけたのである。今度のチャンスは、閉館真際しかない。16時で入場終了だが、退園限度の17時頃までは撮影できる。その時間から人は減る筈だ、と足早にイメージする。それでも、望遠マクロで接写していた年配の人も、一輪一輪コンパクトデジカメで撮影していた人も、大変な根気が必要に違いない。私も、その場所を撮影練習に使う、あるいは画像をブログに残すという動機がなければ、わざわざ、写真なんか撮らないだろう。文章で描写した方が、まだ伝えやすいこともある。
 だから、この場でなければ撮影できない特徴を写真に織り込みたい。本来伝えたいことは、殺風景な誰もいない写真でもなく、その場の観覧者のリアクションなのかもしれないと思うようになっていた。そのくらい、誰しもこの色鮮やかなベコニアを見て反応する。このような寒々とした季節だからこそなのだろう。つい我を忘れて大声を発してしまったばあちゃんの集団、若き日の情熱を思い出した年配の2人連れ、丹念に1本づつ生命の尊さを確認していた車椅子のご婦人、入るなり呆然とため息をついた女子カメラマン、ファインダーを覗きもせず、一眼レフカメラを無造作に花々に向けて連写するオヤジなど、人が意表を突かれた様に興奮をしながら、美意識をその場で組み立てたり、創作意欲を滲ませたり、生命力を肌で感じたり、色彩感度を広げたり、偶然にたくさんの宝物を見つけたように反応する様子、など、人々が、その場と空間をその人なりに受け入れて楽しもうとする素直な姿を観ながら、自分もそうしてみたい、あるいは、もっと自分も素直になりたいと思うのである。
 その意に逆らうように、人影のないこの空間を撮影するために時をひたすら待つこと、その行為自体の空しさというか一種の寂しさが、撮影する動機を希薄にしてしまう。気を取り直し、空気がよどみ始めた16時半頃、やっとシャッターを切った。どうにもこうにも昼間なのに寂しい写真になってしまったが、それに比べ、ベコニアの色はいつも変わらず生命力に溢れている。カメラを左手に持ちかえながら、今度は自分が観覧者となって1つ1つじっくり鑑賞する。なるほど、これだけの数のベコニアが元気に咲いている姿を公開できるのは、きっと、それ自体も手間のかかる作業なのだろう。その裏づけとも取れる場所が、この写真の左側のフロアにはある。関係者以外立ち入り禁止の札のかかった、おおよそ、ここの約2倍の広さのベコニア園である。そこで、綺麗に咲いているものだけが、こちらの花壇に移動展示されているようだ。なるほど、何でも人を楽しませるには、それなりの背景が必要なのである。そう思うと、早々単純に素直にはなれなかった。
 今日は、本来伝えたい空間を伝えきれない写真になってしまった。温室内の人気のある場所の1つなので、神代植物園へ来園される場合は、お見逃しなく。と補足する程度かな。
 ここのベコニアのクローズアップは、「続デジタルカメラ20」の比較画像21で紹介済み。
ではこちら
http://cid-cfbf77db9040165a.skydrive.live.com/self.aspx/.Documents/%e7%a5%9e%e4%bb%a3%e6%a4%8d%e7%89%a9%e5%85%ac%e5%9c%92/%e7%a5%9e%e4%bb%a3%e6%a4%8d%e7%89%a9%e5%9c%925.pdf