「おじちゃん!何を撮ってるの?」と背後から子供の声がした。振り向くと小学生らしい2人の男の子が、照れくさそうにニコニコして動き回っている。暗闇の中の逆光ではっきりとした顔は分からないが、私のカメラに興味を持ったようだ。その一瞬の動作が私を緊張からほぐしてくれた。半球状に飛び出したスーパーワイドレンズの表面に写り込んだ桜の夜景が不思議に見えたらしく、どうぞと言うと、近づいて「すげえ~、目玉オヤジだあ」と興味深く覗き込む。「いや、これでね、宇宙人を呼び出すんだ」と、いい加減な事を話しても、今の子供達は納得などせず、今度は、素早くファインダーを覗き込んでいる。ここは、既に日が暮れてライトアップされた神代植物公園の桜の樹の下である。
今日は、午後から雨がぱらついて寒かったので、人出は少ないかと思っていたが、まるで逆だった。桜は今だ散りそうもないが、ライトアップは今日で終わりだそうで、カメラを持った人が多い。昔は、数えられるほどしかいなかったが、デジタルで高感度になったカメラは、創作意欲を夜間にまで拡大したようだ。予定していた場所は、既に無数の三脚で埋められていた。仕方なく、どんどん奥へ行く。閑散と開けた場所でロケーションを決め、カメラをセットして、さあ、シャッターを切るぞと思っていたら子供達に声をかけられたと言うわけである。とにかく、周囲で動き回られると落ち着かないし、ぶれてしまうので、まるでお客様をもてなすように、納得して戴くまでお相手をすることになる。そうこうしているうちに、三脚を担いだおっさん達が集まってきたのである。おっさん達は、平気で人の前に陣を張る。せっかく14mmのスーパーワイドレンズで広々と撮影しようと思っていたのに、このままだと、はげた後ろ頭が光ってしまい、うーむ、そんなものが無数に入ると奇怪な写真になる。仕方なく、レンズを17mm交換する。声を掛けてくれる可愛いい子供達に対して、あつかましい無言のおっさん達には、いつも閉口するのである。
さて、最新の高感度カメラでは、日が暮れてもAUTOで撮影できるので、周囲ではあちこちで露出中の警告音がピッピ、ピッピ、ピッピ、ピッピーッとうるさいが、私は静かに得意のバルブ撮影で撮る。使い慣れた方が安心するからである。まず、色温度の設定だが、昔、タングステンフィルムで撮った時には、やや青くなってしまった。これで、照明の色温度がわずかにそれより高い事が分かっている。しかし、照明用の球は切れるまで使うだろうし、隣同士の球が必ずしも同じ色温度とは限らないので、カメラの色温度を300度づつ3段階づつずらして撮ってみることにする。露出は経験的に4,8,16sec と3段階ぐらいとして、1シーン9カット撮影した。空の色は、肉眼では既に暗闇になっているが、それでも撮影すると青味が残って出る。それは、刻々と変化し、シャッターを切った時刻との関係で、背景色は成り行きになるが、その時の色は、画面構成上重要な役割を果たす。あまり、遅くなると背景は黒く落ち込んでしまう。本番ぶっつけで背景色を決めるのは難しいので、あらかじめ、別の日に、日が暮れたあと近くの公園で撮影して時刻における露出時間と空の色の関係を掴んでおいた。
最近のマニアは、後で画像処理ソフトで何でも修正できるという人も少なくないが、想定とかけ離れた状態での画像処理は画質を少なからず劣化させる。それは、夜景などの高感度撮影モードでは、既にカメラの中で様々な画像処理が行われているからである。小さな液晶モニターでは分かりづらいが、ノイズ除去のため、高感度にすればするほど画像劣化が大きくなる。ニコンD3Sの様な特殊な機種は別として、色の分解能を重視する場合は、事実上ASA800ぐらいが実用範囲と考えた方が良い。この場所の条件として、昼間は曇り時々雨で、今は風がないので、できれば低感度設定で長時間露光が望ましい。今回は、経験からASA160に設定している。いつの時代も、撮影の基本は、あくまでも動かない物を撮影する場合に限るが、少ない光を贅沢に使うという相反する操作が望まれる。いやいや、おっさんの後ろ頭の反射光まで利用しろと言っているのではない。
まず、暗いレンズはファインダー内の視野やピントが見辛いので明るいレンズを実装しておきたい。しかし、実際の撮影ではレンズの開放近くでは使わないで、適度(f8前後)に絞ることである。特に、夜景は一般的にコントラストが強い被写体なので、平素の撮影では気が付かないレンズの物理性能の悪さが露呈することがあるからで、加えて、明るい被写体が点光源であるため、センサー側で点光源の周囲が崩れる可能性もあり、色収差と点光源のにじみが重なり、後処理では色収差も補正しにくい形状になる。出来るだけ収差を減らすため絞っておいたほうが無難である。さらに、撮影後に画像処理ソフトで修正しようとしても暗い画面は、補正操作自体も面倒でもあり、不必要に時間がかかることもあるようだ。ということで、撮影から画像処理まで全てを通して考えて、ポイントを抑えておきたい。まあ、余裕をみて出来るだけ素直で良い条件で撮影しておくのが基本になる。実際に撮影した画像は、色温度を変えているので、少々赤いもの、青いもの、そして露光時間も変えているので、少々アンダー、ややオーバーとなっており、どれでも修正可能範囲と思えるが、細部では適正なのだけれど、全体としてアンダーぽく見えてしまうとか、オーバー側は、迫力があって見栄えは良いが、細部が飽和しているとか。これらは、画像処理ではごまかせない。PDFには、一応中心のカットを使ったが、それでも少しアンダーに感じるかもしれない(添付グレースケール基準)。
余談になるが、写真が趣味で、将来自分のアルバムを書籍にしてみたいと考える人達も多いと聞いたことがある。そのような目標がある場合は、なおさら製版法での強調あるいは修正の為に、ニュートラルでノイズの少ない撮影をしておかなければならない。この時の写真素材(原稿という)は、そのまま見ると、割合つまらない事が多いが、その様な原稿でもオペレータの手にかかると見違えるような写真になることがある。オペレーターは、スクリーン線数や紙質を考慮してあるため、素人(ここでは全てのカメラマンを指す)があまり元の原稿を触らない方が良い。
今日の写真は、前回のフローラルガーデンとほぼ正反対の暗い画面になっているが、明るい画面の中に黒い物(前回)、あるいは、暗い画面の中に白い物(今回)は、経験や実績よりも、理屈をちゃんと組み立てられれば、贅沢なレンズと高価なカメラを余裕を持って使うほど良い結果が得られるという、当たり前の話である。ただ、実際に肉眼で見える範囲だけを問題にするのではなく、見えない部分についても理屈で考えて余裕を残しておくなど、配慮することも重要である。写真はテーマさえ決まれば、理屈が80%、感性が20%と言っても良い。しかし、この理屈の通用しない20%を埋めるためには、最終的には、自分を磨く必要があるようだ。
ではこちら
https://onedrive.live.com/view.aspx?cid=CFBF77DB9040165A&resid=CFBF77DB9040165A%21595&app=WordPdf
補足 バルブ撮影:シャッターをレリーズを使って開き、そのまま希望する時間だけ撮像素子に露光させる撮影方法。大昔は、フイルムの感度が極端に低かったので、長時間露光 のために使われた。現在は、カメラに内蔵された露出計の性能が良くなって、暗い画面でも短い時間で正確な露出値が得られるため、AUTOで露光時間が決められ、ちゃんと撮影できるが、星座等の撮影では、ストップウォッチを併用してバルブ撮影をする人はまだまだ多い。露光時間は絞りとの関係で経験測になる。 撮影技法としては、歴史も古く、ごく自然な撮影方法で、これも1丁目1番地と言えるぐらい基本中の基本といえる。