2010/04/30

たまらなく興奮する本

 いきなり、少々大袈裟な話になるが、世界でトップを競い続けることは、大変なことである。そして、その勝者になった時の自慢にも似た話題は、誰が聞いても嬉しいし、誇りに思える時である。その、昔からスピードの限界に挑戦する姿は、一種の憧れでもあり、幾つになっても、何故か心がわくわくするのである。そのくらい「磨き上げられた熟練の技と先端テクノロジー」が交錯しながら、進化を続ける「力強さ」は他に無い。今日は、いつの時代も夢を乗せて走ってきた新幹線の話になる。 
 
 0系に最初に乗車したのは修学旅行で、田舎者の私は、ビュッフェとはどういう意味か知らなかった。担任の先生は、「おお、ここではカレーをたべるんよ」と教えてくれ、友人達と何人かで食べたが、車窓がめまぐるしく動くのと車両の揺れで、落ち着かなかったのを覚えている。それにしても、時速180Kmという、今までの特急電車とは1桁違うスピード感で、それが走る東京~新大阪間だけが都会に思えて仕方が無かった。その時、単純な私には「やっぱり、都会にいかにゃあいかん」という決意にも似た衝動が沸きあがっていた。

 100系は、2階建ての食堂車がついていて、一転してラグジュアリーな雰囲気を満喫できる。ここの私の定番は、ビーフシチューであった。少々乗車時間はかかっても良いから、こういう雰囲気が好きだった(時速220Km)。特に、運行時間がお昼と夕方を挟む時間帯でないと、食堂車は営業していないので、丸一日無駄になっても、堂々とお昼前に乗り込む、これが、年2回の田舎へ帰る唯一の楽しみだったのである。さらに、往復グリーン切符というのも発売になって、僅かな追加費用で往復グリーン車が使えた。この2つの仕掛けで、東京~広島間が苦にならなかったと思う。まあ、それにしても、高速鉄道には、食堂車は不向きかもしれないが、「グランドひかり」には、どこか旅人の夢を乗せて走るムードがあった。

 尖った500系(グッドデザイン賞受賞)には、ファンが多い。私も大好きである。1997年に、既に16両編成で時速300kmを体感させてくれたことを、生涯忘れないだろう(山陽新幹線区間のみ)。アナウンスの後、その速度へはすぐに到達した。車窓の風景の動きが違うだけで、もっと、もっと、スピードは出そうな余裕さえ感じる安定した加速感であった。さほど長い時間ではないが、この270Kmと300Kmの間にある壁を商業運転で突破することが、如何に大変なことか、想像すら出来ない背景にあって、ただただ凄いと驚嘆せざる終えなかった。まさに、その時、新しい時代の幕開けを実感したのである。この500系の特徴は横方向のゆれが直接体に衝撃となって伝わるところで、体調が良くないと踏ん張れない。のぞみとしては、すでに最新型N700系に変わってしまって、進化した高速走行の技である「音なしの構え」で、あっという間に時速300Kmを越えるに違いない。

 ところで愛車は?と聞かれると、やはり出張専用車ともいえる300系である。座席がヘタルほど使い込まれた300系は、つい最近まで高度成長期と大量輸送時代を粘り強く支え続けてきた経済車両である。デザインとしては0系、100系とは大きく趣が異なる前面形状にして、都会的で優しいイメージながら時速270Kmをいとも簡単に実現し、東京~新大阪間を2時間30分で結んでくれた、車両は、急激にスピードアップできる加速感の良いところが魅力で、その走行感が宙に浮いたように気持ちよく体に伝わってくる。個人的にも最もお世話になった車両である。

 新幹線は、その高速走行のままトンネルに突入するため、先頭車両は空気を逃がす形状をしていなければならない。ここに、一種のデザインと機能の融合が成立し、工業製品にもかかわらず生き物のように見えてしまうところが、魅力的でもあり、様々に愛着をもって親しまれるところでもある。車両の持つデザイン性は、昔から我々を虜にして、乗車したい気持ちだけに留まらず、運転者になってみたい願望は、幾つになっても捨てきれない憧れである。いつだったか、走行中にもかかわらず、運転手が携帯メールをしていたと言うのがニュースになった。運転手がそんな事をしていても、安全が担保されている事を、我々はよく知っているが、そんなことより、みんなが憧れる仕事をしているのに、その自覚が足りないことが許せなかったのである。

 最近の車両は、なぜ、こんなに気持ちよく、静かに加速できるのだろうか、と考えた時には、その物作りの裏側を知りたくなるのは、私だけではないと思う。どうやってこの大きな車体をまとめ上げてゆくのだろうか、地道に改良されたところは何処なのか、また、スピードが上がれば上がるほど、走行中地震が起こった時に、どのように安全が確保されるのだろうか、あるいは、余計なことかもしれないが、パンタグラフの架線との接触部分の真ん中は、よく磨耗するのではないかとか、色々素人なりの疑問が次から次へと沸いてくるのである。

 今日は、そんな疑問に完璧に答えてくれる、良い本を紹介したい。何と、史上最強で、カラー図解、「作り方から仕組みまで、プロが教える新幹線のすべてがわかる本」というタイトルである。うーむ、間違いなく、コアな人が手に取る本ではある。もっとも、作り方まで知る必要は無いかも知れないのだが、いやいや、これがなかなかよく出来ていて、「知っていること以外は、全て知らないこと」を実感できるので、ついつい、むさぼり読んでしまった。1,500円で、こんなに時間が短く感じられる本はかつて無かったが、フルカラーで、平素見れないマニア垂涎の写真も満載、図面も分かりやすくて丁寧に仕上げてある。そして、本書の最大の特徴とも言える、この新幹線を支える「仕事人」が、それぞれのコーナーにたくさん登場して、そのプロが真剣に新幹線の現在と未来を支えている様子や、それに取り組む意気込みが紹介されている。この本は、何と言っても「ここが素晴らしい」と思う。全国に散らばって、責任を果たそうとしている大勢のスタッフが、それぞれの部署で、常に新幹線の到達目標に向かって力を合わせている様子が伝わってくるのである。
 ではこちら
https://onedrive.live.com/view.aspx?cid=CFBF77DB9040165A&resid=CFBF77DB9040165A%21623&app=WordPdf

補足:ビュッフェとは、立ち食いで軽食を出すスペースのこと。ちなみに、ホームにある蕎麦屋もビュッフェと言える。 文章中の走行速度の表記は、壁に組み込まれたスピードメーターの記憶で、最高スピードと思ってもらって良い。