2010/06/08

ビーフシチュー

 階層化された記憶の階段を下れば、そこには次のテーマが置いてあった。何らかの共通項でくくれるものは、「必ず近くに、類似する物が」存在しているのである。そうやって、原稿のテーマは案外単純な思考構造から生まれている。その記憶の連鎖ともいえる繋がりは、自分なりに強引に特徴を抽出するところから始まる。たとえば「神戸の珍しいカレー」を紹介した後は、「ビーフシチュー」ということになってしまった。どういう共通項を評価するのか、いまだ曖昧模糊としているが、これを1つの理屈で強引に連結してこそ「納得感のある話」になると思われる。ただ、この2つは、記憶の階層そのものが違っていて、やや別のアプローチが必要であった。

 残念ながら、カレーとは違いビーフシチューは記憶に単独ホルダーが存在していない。そのくらい、ビーフシチューを自分でハンドリングする事が少なかったからでもある。しかし、記憶に付随した良いイメージはたくさん残っていて、そういうイメージは、どのような時に空腹感と連携して食欲に結びつくのであろうか。

 「物凄く興奮する本」のところで、新幹線100系の食堂車の話を書いた数日後、新宿へ出かけた帰り際、思い出したように、そうだ「あそこは、まだやってるかな」と、いつもの(新幹線の食堂車で使われていたのと同じビーフシチューを出す)喫茶店へ寄ってみることにした。数年前、そのビーフシチューに遭遇したときは、懐かしさもこみ上げてくる物があったが、「いつでも食べられる」と思った瞬間から足は遠のいてしまった。しかし、新幹線の話を書いた後は、また久々に哀愁列車の食堂に乗り込むような気分になってみたいと思ったのである。それにしても、だいたい、こういう食事は、様々な振動や左右に揺れを感じながら、延々と続きそうな車窓の風景を追いかけながら、少しせわしなく、しかし、こぼさないよう戴くところに価値があったようだ。横揺れも無く、他人のひそひそ話まで聞こえてしまいそうで、ぼんやりとした灯りと空気のよどみの中では、あの味はどうもしっくり来なかった。

 また、「昭和の流行歌」のところで、文化放送にいた知り合いの話を書いたが、彼と打ち合わせをしていたのが有楽町の洋食屋で、そこのビーフシチューは、大きな肉のかたまりをスライスして並べ、その上から濃い目のデミグラソースがかかっていて、付け合せにちょろっと野菜が添えてあった。少し脂身の残ったローストビーフと言った感じの風景だが、たっぷりとした柔らかいお肉に舌鼓を打ったものだ。当時、それを初めて口にした時は、「やっぱり、都会のビーフシチューは、ちがうんじゃのお~」と感心したものである。現在では、その様なビーフシチューを出すお店を見かけなくなったが、当時としては、目も、お腹も満足する大好きな洋食屋であった。もちろん、三菱電機のスピーカユニット TW-25、PW-125の取引もそこで行っている。

 そんな古い話ばかり挙げても切りが無いが、確かに興味を持って食べてきたことも事実と言えよう。外で良いイメージのある料理は、自分でも何らかの手を尽くして楽しんでみる、と言うのが男の料理の始まりで、材料は贅沢に、手間は惜しまないのがその流儀である。また、平素からその料理を研究し、香辛料の整備から鍋、フライパンに至るまで専門的に揃えて、自分の創作意欲を盛り上げるのである。そして、休日には頭の中で最終イメージを描きながらアプローチするわけだが、こと、ビーフシチューを作る工程は、やや複雑でもあり、今ひとつ出来上がりの「こくを出す」のに苦労したのである。ここが上手く出来なければ、全くつまらない料理になってしまう。

 そんな理由から、最近はむやみに手を出さず、もっぱら市販のレトルトを買ってきては、「うーむ、今ひとつだよな!」と評論家になっているわけである。常々カレーとかビーフシチューとかは、元々レトルトに適した商品なのだが、それがここで言うところの共通点ではない。むしろレトルトの良さは調理の容易さにあり、少し自分なりの工夫をすることで、充実した一品に仕上がるところにある。その工夫のバリエーションに耐えられる味かどうかが、商品の魅力になるのである。実は、この2つの共通点は味にあり、どちらも珈琲屋さんが作っていて、美味しいと感じる部分に共通性、濃すぎてもいけないが「煮詰める料理特有の一種のこくと深み」を感じるのである。これは、物作りのコツのような部分で、一口目から味わい深い。
 
 そういった意味で、行列のできるお店の監修であるとか、100時間掛けているとか、厳選した素材を贅沢に使ったとか、そういう理屈にも似た言い訳を前面に出すより、誰にでも分かりやすく明快な味付けに価値があるのである。少々長い話になってしまったが、これが「神戸のカレー」と「東京のビーフシチュー」が何の脈略も無く、私の「近くに、類似する物」として存在する理由なのである。今日は、そのビーフシチューにブロッコリー、にんじん、じゃがいも、さらにパスタを追加してみた。さらに、ボリューム感を出したい時は、薄切りのしゃぶしゃぶ用のお肉でも炒めて乗せると良い。そんな使い方ができると言う点でこのビーフシチューは、ソースとしても美味しい。
ではこちら
https://onedrive.live.com/view.aspx?cid=CFBF77DB9040165A&resid=CFBF77DB9040165A%21691&app=WordPdf