僅かに照れた笑みを押し殺すように、男は階段を降りてやってきた。手提げ袋を少し上にかざし、狭い改札を抜けて、いきなり「変わんないすね」と言う言葉を掛けて来た。「まあね」とは言ったものの、それを額面どおり受け取るほどお調子者でもなく、と言いながら、何とかまだ誤魔化せる自分に安堵しながらも、7年近く逢っていない事実は無視できなかった。しばらく、ご無沙汰をしていても、彼は、そんな形式的で大人びた挨拶を私が喜ばないことを知っている。長い付き合いの中からくるものなのだろうか、あるいは、相手に合わせる思いやりのような会話で、長い時を刻んだまま変わらない神田駅を出ると、既に夕暮れが迫っていた。駅の近くにまで漂ってくるタレに包まれた鰻が焦げる匂いが懐かしい。その匂いの方へ向かって足を運ぶ。
予想通り、この時間の「きくかわ」は席はまばらだった。以前から何度も座った事のある右端の奥のテーブルに着くと、次から次へと走馬灯のように、はるか昔なのに昨日の事のように思い出される。彼は「おみあげ」といって手提げ袋を差し出した。中には、本家のカステラと幾つかのお菓子が入っていた。今日のPDF写真がそれである。おっと、魚のステーキと書かれたパックもいくつか入っていたが、一緒に並べてみるのにデザイン上やや抵抗があったので、それは取り除いた。彼の実家は長崎である。長崎といえばグラバー園、そうくると「龍馬伝」か、龍馬伝なら福山雅治さんと言うことになるし、福山雅治さんは、もちろん高知ではなく長崎生まれである。ということで元に戻ってしまったが、長崎の人達とその地域に漂う独特の「控えめな反撃力」のような秘められたエネルギーは、ジャパネットたかたの社長、福山雅治さん、そして、この彼に共通するキャラクタのように見受けられる。うーむ、やはりそうか。
と、無理やりというか、たまたま知っている3人をどこかでこじつけてしまうあたりが、B型の由縁かもしれないが、考えてみると確かに「人としての素」が出るところに共通する部分は多い。ところで、龍馬伝は、「映像と音楽が格別に優れていた」ようだ。分かりやすい単純な構図を好む従来の大河ドラマファンには評判が今ひとつ優れず、視聴率も振るわなかったようだが、映像を作っている職人(プロ)の人達からは興味深く受け止められたらしい。ただ、福山雅治さん演じる龍馬の優しさと言うか、細かいことに拘らない天真爛漫なところを包み込むように「白濁した画像」が龍馬と雅治さんを見事に融合させたし、香川照之さん演じる三菱財閥統師 岩崎弥太郎の這い上がる演技の後ろ盾としても、かつて無いほど映像が役割を果たしたし、音楽も効果的であった。
話をカステラ本体に戻すと、龍馬率いる亀山社中でもカステラを試作している様子が映し出されていたが、カステラ作りはとても難儀な作業のように映像化されていた。手提げ袋にあった有名な老舗「福砂屋」を調べてみると、同社のホームページの中に、現在の手作りカステラの製造の様子を動画で見る事が出来た。卵の手割りに始まり、泡立て、混合、撹拌、釜入れ、焼き上げまで、ひとりの職人が一貫して責任を持つという、まさに時代の最先端を行く手間のかけ方こそが、ふっくら、しっとりとした福砂屋独特の食感、コクのある甘みと風味を生み出すのかもしれない。この映像が意図するところにこそ、重要な秘伝が隠されていて、簡単に真似の出来ない技術にもなっているようだ。ぜひ一度同社のホームページも参照されたい。
ではこちら
https://onedrive.live.com/view.aspx?cid=CFBF77DB9040165A&resid=CFBF77DB9040165A%21859&app=WordPdf
補足 「きくかわ」はブログ内検索でどうぞ。好評の「神田シリーズ」の1本。