2012/05/01

マーガレットサッチャー

   1つ1つの格調高いシーンに込められた過去への想いと、人が老いることの切なさを高いコントラストで表現してあり、映像は際立って美しい。冒頭から、こんな始まりとは思わなかったので、どのように受け止めたらよいのか戸惑っていた。ただ、しばらくすると眼から涙が溢れ、胸が締め付けられるような息苦しさが押し寄せてくる。痴呆という病気に蝕まれながらも、まだ「強い信念を持って生きようとする」ことが、果たして本人にとって幸せなのだろうか。この映像の中には、母と重なる「過ぎて来た長い孤独」が映し出され、一方で、自分がこれから「立ち向かう時間が再現されている」かのように思える。それまで十分時間はありそうなので、これから「終末への脚本」を書いておきたいと思う。

  老いたマーガレット・サッチャーは、クリニックで病状の検査を受けるシーンがある。その時、彼女は、人生のあり方というか、我々が日々の取り組み方として漠然と認識していることを、いとも簡単に言葉に直してドクターに訴えかける。やはり、それが彼女の歩んできた「フィロソフィー オブ ライフ」であったのだと思える。その言葉自体は、「何だそんなことか」と思う人も、「やっぱりそうか」、あるいは、「ああ、そういうことか」と様々な反応があるに違いないが、私にとって「そう、そう、そう、そう、そう、そう」と、そのシーンがとても誇りに思えて嬉しかった。明言には属さないかもしれないが、若い人達には、ぜひ覗いてみてほしいシーンの1つといえる。

  マーガレット・サッチャー役のメリル・ストリープはとても魅力的な人だった。まったくもってエレガントで気品があり美しい。サッチャー首相の事は、当時のテレビニュースでしか知らないが、こんなに「厳しくも優しい人」だったとは想像していなかった。映画では、どのシーンも実物のサッチャー首相より、やや「鋭さと強さ」が強調されているように見える。そして、メリル・ストリーブは、全てにおいて実物よりも、明らかにより美しく知的に塗り替えていると思う。これが英国の誇りの高さを反映しているかのようである。

 これほど自然に涙がこぼれたこともないし、明言に共感できるシーンが多く、間違いなくお薦めしたい映画である。配布資料は一切の転載を許していないので、専用のホームページの作品情報を参照されたい。ただ、ホームページでは、包括的な視点で映画の見どころを伝えていて、一般的なサクセスストーリと誤解されそうなので、観る前は何の先入観もない方がよい。様々に情報を集めるくらいなら、2度観た方が有意義だと思う。人によって見どころは様々に違い、感銘を受ける内容も違う、そして共感できるシーンも違う。それほど凝った内容で、心を揺さぶられる映像作りだし、細かい拘りにも配慮が行き届いている。当時のニュース映像もインサートされてリアリティーが増していて、できれば、1975年から1995年までの英国の歩みだけは整理しておくと、より分かりやすい。

  全体のシーンの切り替えのテンポも速いので、そういう意味で、ほぼ世界の同時期を見て来た60歳以上の人にとっては小気味良い映画なのだが、若い人には返って新鮮に映る部分があるかもしれないし、参考になることが多いかもしれない。未熟な人生観しか持ち合わせのなかった私には、今後、歳を重ねてあと2~3回は観たい。それほど、理解しきれていない部分があるかもしれない不安が残り、奥深さを感じる映画である。
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