2013/03/22

切り通しの用水路

  京王線が地下化してから、地上の風景も徐々に変化して、もう昔の線路のある風景など思い出せない気分である。あれほど撮ってきたのに、もっと写真を撮っておけばよかったと後悔してしまいそうだ。振り返ると、昔フイルムで撮った写真は、今や自分にとって掛替えのない、とても大切なものになってしまった。時たま、上京した42年前を思い起こすことがある。当時と比べては、確かに風景は綺麗になってきたけれど、大切な自然や畑が減っていくし、記憶を封鎖されるような気分が漂ってしまい少々寂しい。年齢とともに、そういう価値観に変化していくのであろうか、もう少し早くから写真を撮っておけばよかったと切実に思うのである。時折、写真を撮っている年配の人を見かけると、自慢そうに昔の様子を説明してくれることがある。その姿を見て「分かるな」と思うのである。

  特に、昔は川だったところに上から蓋をして、遊歩道にしてあったりするのを見ると、中はどうなってしまったんだろうかと不思議に思うことがある。実は、幼い頃の話になるが、実家の前にも、道路を隔てて幅2m、深さ3m程度の川があって、その向こう側が小学校の壁だった。その壁の前に立つと覗ける高さであった。もちろん、その小学校に通っていて、冗談で「始業のチャイムが鳴り始めてから、走っても間に合う距離だね」とよくからかわれた。そんな時、川がなければねと言い返したのを覚えている。そこはちょうど「切り通し」のような格好をした川で、子供の頃だから川は大きく見えた。もちろん、怖くて飛び越えるなんて事は出来なかった。それが知らないうちにコンクリートで蓋がされ、歩道になってしまった。小学校の壁も、その上にフェンスが張られた。何か、「臭い物には蓋をする」ではないが、綺麗な水が流れていた頃を忘れてしまった。

   そんな懐かしさもあって、何年も前から、ここの「切り通し」を撮っておきたいと考えていた。「切り通し」とは、一般的に道路や鉄道のために、山などを切り開いて通したような格好をしていて、左右の鋭い立ち上がりの壁が特徴である。そういう意味で、ここも全く同じ作り方なので、勝手に「切り通し」と呼んでいる。はっきりとした源流は分からないが、どうも府中市の方から流れてきて、フローラルガーデンを堂々と横断して、多摩川へ放出する用水路ということのようである。この用水路は、ちょうど日活撮影所の前を通っていて、撮影所と用水路の間に市の道路があり、それに遊歩道が併設されている。その遊歩道に桜が植わっているのである。桜の木は、遊歩道と「切り通した用水路」の間にあり、用水路に少しづつ枝を落としている。

   特別に、桜を中心に撮影するつもりはなかったのだが、いざ写真にしようと思ったら、実物の「切り通し」は余りにも無機質な感じでややグロテスクであった。そこで、ついでに桜が一緒に写り込んだものを用意した。昨日の時点で都内はもっと開花しているようだけれど、こちらは、まだこの程度の三分咲きである。桜は500mぐらい続いているが、他は殆んどまだつぼみのままであった。このような写真は、橋のあるところ数箇所しか撮影できないが、どこも風が強かった。場所は、ちょうど日活撮影所の入口あたりである。思ったとおりの写真にはならなかったが、まあ、こんなものかなといったところである。普通の写真であるが、調布にもこんなところがあるってブログに追加したおきたかったのである。
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