意外なところに、その蕎麦屋はあった。京王線のつつじヶ丘駅の建屋北側の1階で、いわゆる一般的な呼び方だと「駅そば」ということになる。元々駅そばの歴史は古く、全国の主要駅の構内、あるいはホーム上にあるファーストフードとして、その店舗が存在していた。電車の僅かな待ち時間を利用して「即効性と低価格」を売りにしてきた。しかし、時代と共に、蕎麦の上に乗せる天ぷらなどの種類にも工夫はあったが、煮詰まった出汁や、のびのびの麺などに代表される、取り残された昭和の薫りといった「時代遅れ感」も漂っていて、売り上げに陰りが見え隠れしているのが現実である。それに対して、他方を見ると、蕎麦も、ラーメンも、うどんも先進的なお店が流行している。そこには、ハイテクマシンが様々な仕様の麺品質を自動で実現しているのである。もはや、規模にこだわらず、そのハイテクマシンさえ使いこなせれば、様々な麺を製造できるし、今日から誰にでも寸分たがわず美味しい「老舗の蕎麦屋と同じ蕎麦」が提供できる時代になったのである。
蕎麦が好きな人は、せっかちな性格で、優れた精神力を備え、割合細身の体系で、高血圧や糖尿病からも縁遠い。つまり、蕎麦を積極的に食べると、最近の食生活からすれば、特別に元気は出ないかもしれないが、長い目で見ると健康を維持するのに役立つと思われる。まあ、そんなことは、誰でも知っていることなので、改めて申し上げることもないが、実は、歳を重ねると誰でもそのような気分が頭をもたげ、他人に習って蕎麦を好む傾向になる。しかし、年配の人にとって、胃腸に負担のかかってしまう蕎麦は嫌いである。例えば、「老舗の神田の藪そば」は、客の年齢層が高いため柔らかい蕎麦が出されている。そうなると、昔の印象のまま、わざわざ老舗と言われる蕎麦屋まで出向くことも減ってくるのである。しかし、お寺参りなどをした後に、蕎麦屋に寄って「もり」でも一枚戴きながら時を過ごす風景は、粋な感じに見えるのである。
寺参りと言えばこの辺りでは深大寺だが、調布と並び深大寺へのバスが発着する場所がつつじヶ丘である。休日のバス停には、年配の人たちによる長い行列が出来る。バスが深大寺へ到着すると、参道の蕎麦屋が手ぐすね引いて客を待ち受けている。しかし、どこも混み合っていてお店が決まらず、口惜しい思いをすることも多い。そういう時こそ、帰りに、つつじヶ丘駅北口にある、この「万葉そば」に寄ってみるとよい。ここの蕎麦は二八蕎麦である。お店に入ると、まず、食券を購入してカウンターに提出し、番号札を受け取る。お茶、蕎麦湯、薄い出汁を茶碗に入れて席に着く。番号が呼ばれたら交換に行く。まさに駅そばの手順そのものである。今時は、冷たい蕎麦を戴くにも、暖かいのを戴くにも適した季節感である。珍しく、いずれもそれに適した麺品質で作られている。あと、天ぷら付き、あるいはご飯もの付きの蕎麦も組み合わせることが出来る。
この美味しい「万葉そば」品質で、この価格なら、誰でも満足できるはずである。当初、このお店の噂を小耳に挟んだ時は、「どうせ、駅そばでしょ?」と首を傾げる程度であったが、実際口にしてみると、「おおっ、そこそこいけて 旨い!」と意外な思いをしたのである。実はそういう人達は巷に溢れていたようで、夕方は混み合っている。それ以来、つつじヶ丘へ行く度に、足が自然にそちらに向いてしまう。夏場は週2回のペースで訪れてしまった。腰が強く、喉越しの良い蕎麦で、腹持ちも良い。ただ、蕎麦つゆは、神田や日本橋の蕎麦屋のような江戸前風とは異なる。そこが真似の出来ない老舗の味と諦めなければならない。ここのそれは、ごく普通のやや薄めのつゆで、どちらかと言えば昆布だしの香りが際立つ。メニューは、ぐっと価格が抑えられている割には、それなりに色々揃っている。あと、マイ薬味として「山葵、山椒、一味」等を携帯して行くとよいかもしれない。美味しいけれど、期待しすぎは小吉。風まかせなら大吉といったところ。
ではこちら
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