今の日本人にとっては、そんなに美味しく感じる物じゃない。しかし、大阪の万国博覧会で食べたそれは新鮮に感じたものだった。今から43年ほど前は、世界はもっともっと広く感じたし、ソ連って遠くて、とてつもなく巨大な国という印象があった。その万博ブースで、ソ連の人はいったい何を食ってんだろか、代表的な食べ物はなんだ!なんてブースに併設されたレストランの料理見本を眺めていた。それは、どうもボルシチのようだった。では、「これ!」といった感じで指差した。ずいぶん待たされた挙句、ウエイトレスのお姉さんは超美人なのに疲れた顔をしていて、普段より不本意なドンという音を立ててボルシチが置かれた。その時のテーブルの衝撃音が今でも印象に残っている。怖い物を覗き込むように「うーむ、これか」。
ソチオリンピックで、現地のレポータが日本の選手に「何か美味しい物はありましたか?」と尋ねると、選手は誰しも「ボルシチ」と答えていた。ええーっ「そうかなあ~」と思いながらも、それ社交辞令?いや、それしか食べなかったのではないだろうか、あるいはひょっとしたら、やっぱり、ウエイトレスのお姉さんが超美人だったのではないだろうか。そうやって、懐かしいボルシチという言葉を、聞き流してしまえばよかったのだが、少々気になる余韻が残ってしまった。それは、ソ連が10年後に崩壊して、ロシアになってから料理の品質も水準も、「グラスの縁」に例えられるほど変貌を遂げたかもしれないと思ったからである。
そういう、頭の中に出来上がった勝手なイメージと、新たに現地から送られてきた情報によって、ひょっとしたら43年前より美味しくなっているかもしれないし、当時、万博のブースで食べたより、今の方が大衆化されるなど、何か違いがあるかも知れないと勝手に想像を膨らましたのである。人間は不思議な生き物で、そんなことを考えているうちに、またそれを食べてみたくなってしまう。そういえば、最近ハンバーグを取り寄せたときに、エムシーシー食品のレトルトにボルシチがあったことを思い出し、さっそく取り寄せてみた。エムシーシー食品は、ロシア料理専門の渋谷ロゴスキー(昭和26年創業)にボルシチを提供してきたメーカーで、それを創業当時から忠実に再現したものと考えられる。
エムシーシー食品のボルシチは、ロシアで古くから伝わる田舎風のボルシチで、家庭の味を再現したといわれる物のようだ。レトルトパックされているため湯煎に掛けて5分程度。原材料には、ボルシチの赤い色のもとになるビーツといわれる「赤カブに似た野菜(ロシアではスビョークラ)」が使われている。ここが大切なロシア風味の肝のようだ。お皿に盛りつけた後サワークリームを載せて出来上がりとなる。ボルシチ自体は、じゃがいも、玉葱、人参、など野菜が主体で低カロリー。サワークリームは、フレッシュクリームに乳酸菌を加えて発酵させたもので、無脂乳固形分:4.5%、乳脂肪分:40%。これによってボルシチにコクと旨味が引き立てられるようだ。うーん、確か「こんな感じだった」と思うぐらいで、43年前と全く何も変わっていないようだった。
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