知らず知らずのうちに愛国心と引き換えに心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむようになる米国狙撃手の実話。PTSDとは、強いストレスが心理的なダメージとなって、その経過時間後も関連する刺激によって、強い恐怖を誘発する心の病気。災害、火事、事故、暴力や犯罪被害などが原因で、動悸や息切れ、血圧不安定などの障害が襲うことで知られている。この映画では、イラク戦争で米軍史上最多の160人を狙撃した伝説的なスナイパー クリス・カイル(海軍ネイビーシールズ所属)の半生を描いてある。監督は、昨年ジャージーボーイズで感動を撒き散らしたクリントイーストウッド。
作品の主眼として、狙撃する腕前がずば抜けて優れていたとか、160人狙撃したと言う実績が素晴らしいとか、そのような表面上から理解できる内容ではない。素直に「国の為に、家族を愛し、仲間を守る」という優しい男クリス・カイルがイラク遠征でどのようにして心が崩壊していったのか、そして、そのイラクの戦場になぜ4度も戻らなければならなかったのか。1つ1つ丁寧に心の動きを、緊張感溢れる衝撃的な映像で振り返っている。しかも、戦場の仲間は英雄視するだけで誰も彼の心を蝕む病に気がつかない、それが戦争だからだ。
狙撃者は、高い場所に陣取り、影を潜めて照準器を覗く時が最も冷静になれる時間であった。しかし、彼は一瞬たりとも気が抜けない地上班と共に行動し始める。一方で、仲間が敵の狙撃手ムスタファ(元オリンピック金メダリスト:シリア人)の標的になり、何人も遠距離から狙撃されてしまう。それがきっかけでクリスに憎悪が膨らみ、さらにクリス自身も賞金が賭けられて狙われる。イラクの地上戦の恐ろしさを実感できる映像と、このまま続ける危うさに「もういい、クリス、国に帰ろう」と叫びたくなる。4度目の遠征では、その敵の狙撃手ムスタファを追い詰め、実に1920mもの遠距離狙撃でそれを成功させている。もちろん、そのムスタファにも妻や子供がいて、クリスとまったく同じ境遇で、その鏡のような構図が映像で強調されている。
https://www.youtube.com/watch?v=MF40oKgQ9Jg
彼が戦火の中、携帯電話で妻のタヤ・カイルに「決めた、君のもとに帰る」と叫ぶのを観て、私も、やっとホッとしたが、そこに彼が唯一「本来の自分を取り戻す瞬間」であったのかもしれない。それでも、まだ現場は一瞬たりとも気を許せない、並外れた緊張感が刻々と過ぎてゆく、巨大な砂嵐が襲い掛かるも、数m先が見えないさなか、銃撃戦にまみれながら危機一髪で脱出する。そして母国に帰るが、壊れた心をそのままでは家に寄り付けない姿に恐ろしさが漂う。整理できないまま自宅に戻っても、戦場の音や仲間の声が頭から離れず、緊張を強いられながら恐怖が押し寄せる。カウンセリングを受けるが、完全に心が崩壊しているのを隠すかのように「もっと仲間を助けたかった」と言う言葉が切なく響いてくる。
様々なTV報道で分かった気になっていたものの、当時のイラクの地上戦の再現を初めてスクリーンに見ることができ、その現実の恐ろしさを肌で感じてしまった。また、PTSDの自覚に伴う苦しみと、どのような「過程で心を蝕んでゆくのか」をまるで自ら体験するかのような緊迫感で描かれている。狙撃という一種独特の技能戦を格好良く眺めることもできるかもしれないが、それはTVドラマだけの話だった。引き金を引くその1発1発が、「自らの心を踏みにじる拷問」であることを顧みると、その任務の過酷さを痛感する。体に応える映画だが、見逃さないでよかった。ぜひ、みなさんもご覧になってほしい。
予告編はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=_tZ-hDcIG2o