今から、30年程前の話になるが、神田の淡路町交差点の傍に鰻丼専門店があった。そう、昨年の「神田シリーズ」で紹介した地域の目と鼻の先である。そこも老舗で、席数は100以上あり、ひっきりなしに人が出入りする。鰻丼は14~16cm程度の椀に小ぶりの鰻が収められ、肝吸いとお新香がついて、1000~1200円だったと記憶している。もちろん回転の速いのが特徴で、注文をすると、すぐに膳が出され、次に5~6分で鰻丼が配られる、常連なら5分で平らげ、入店して15分もあれば一服して出て行けるのである。まさに神田老舗のファスト鰻店だった。会社から1分の場所にあり、夏場は毎日でも、昼、夜でも食べられるくらい軽い。ここで小ぶりの鰻と、薄味のタレ、腹6分目の美味しさを知ったのである。 残念ながら現在は無い。
鰻の専門店は減る傾向にある。高級店はそれなりの風情が漂い、雰囲気も良い。なにせ、注文してから鰻を割くので時間はかかる。何処の店でも、おおよそ30~40分程度は待たされる。その間、一風呂浴びることの出来る店もある。串打ち3年、割き8年、焼きは一生といわれ、まさに職人中の職人が技を活かすお店群である。鰻自体も立派な物でやや大きめ。さらに、通に言わせると、天然物に限るというのが口癖だが、高いお金を払って「どぶくさい」鰻を出された日には、その日一日落胆してしまう。「君は分かってないな、それが天然の証明」なんだよ、といわれても、「そんな理屈、もう、ええわ」と思うのである。
それでは、どんな鰻重が美味しいか整理してみよう。結論から申し上げれば、やはり上記のような「ファスト鰻店」並の価格を実現できれば申し分ない。ちと足りなければ2つ目を頼めばよいからだ。価格を下げるために努力している店が時流といえる。次に、駄目な鰻を振り返ると、でかい鰻は怪しいのである。脂の乗りすぎも同じく駄目、これは古い養殖技術にありがちで、抗生物質入りの餌と酸素を十分与えることで鰻はどんどん大きくなり、皮も厚くなる。これが、焼きあがると素人目には「立派で美味そう」と表現される物だが、背景を知ると遠慮したい。
では、お勧めはというと、外形は、穴子よりも大きい程度が良い。そのくらいだと皮が薄く、脂も少なめでよい。人の体は、満腹に近くなるに従って美味しさの判断基準が低下し、食べ終えた時の体の状態で、「また食べたい満足感」かどうかを体が判断するのである。ここが、特に重要で、「優れた品質」であればあるほど、「また食べたい満足感」を持つのである。
次はタレ。タレは秘伝でなくても、甘さを押さえた薄口がよい。関東では、蒸して焼くので、「柔らかさと香ばしさ」が引き立つ様でなければならない。スーパー・マーケットにあるようなタレをたっぷりつけたものは、品質を判断しにくい。もっとも、それが販売者の狙いともいえる。 さらに、タレは御飯が進むこともあって濃い目を好む人も多いが、その分、鰻本来の味が消えうせ、おまけに養殖鰻特有の抗生物質の匂いまでも隠れてしまう事が多い。
お店を選ぶなら、大量に鰻が消費されているお店が良い。塗りの良いお重や、店内の雰囲気、和服のお上がいる専門店も悪くは無いが、無駄なコストを支払うことになる。それより、沢山の鰻が扱われているお店は、ばらつきが少なく、客が多い。勿論、その分常連客も多いという統計になる。常連客は、自分の気に入った人を連れてくる。そんな客が、鰻好きでなくても、「これなら毎日でも食べられるわ」と思わせる「上品な薄味の鰻」を出す店が本物なのである。さらに、そのようなお店は、ちゃんとした串肝を出せる店でもある。1本に刺さった肝の鮮度と量は、そのお店の優良度のバロメータなのである。
今日紹介するのは、新宿の「登亭」である。新宿近辺で鰻重をメニューに取り扱っているお店の殆どは、この店から鰻を調達している。鰻自体もそうだが、半加工品、あるいは鰻重そのものも、この登亭から供給される場合がある。これは、他のお店が認めた品質保証であり、大量仕入れ、大量販売で大幅に低コストが実現出来る根拠でもある。「店舗にお金をかけているわけでもなく」、実質的な顧客志向を前面に押し出されており、それが伝統的にも昔ながらの手法に近く好感が持てる。勿論、鰻の安全性にも神経を使っているようだ。
鰻の加工品も自社の1階店頭で安く販売されていて、蒲焼の持ち帰りも出来る。2階が食堂で、1階入口には、今日の鰻の生産国表示がなされている。
ではこちら
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